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1812年アメリカ大統領選挙

1812年12月1日までの法定の34日間の窓(1812年10月29日から12月1日)で選挙人が任命・選出された大統領選挙。現職大統領ジェームズ・マディソン(民主共和党)の再選をめぐり、ニューヨーク州知事デウィット・クリントンが、独自候補を立てなかった連邦党の事実上の支持と、対英開戦(米英戦争・1812年6月開戦)に批判的な民主共和党の一部(いわゆる「クリントン派」)の統一候補として出馬した(NARA表記「De Witt Clinton [Federalist/Independent D-R]」・米国勢調査局は党派を「Fusion」と表記)。選挙人団では、マディソンが選挙人票128、クリントンが89を得て、マディソンが再選された。この回の18州のうち、コネチカット・デラウェア・ジョージア・ルイジアナ・ニュージャージー・ニューヨーク・ノースカロライナ・サウスカロライナ・バーモントの9州が州議会選出、ニューハンプシャー・ケンタッキー・メリーランド・マサチューセッツ・オハイオ・ペンシルベニア・ロードアイランド・テネシー・バージニアの9州が住民投票(このうちケンタッキーは3選挙区、メリーランド・テネシーは選挙区ごとに1人、マサチューセッツは州全体2人+選挙区ごとに1人の混合方式)。ルイジアナは1812年4月30日に合衆国へ昇格し、この回が初参加(州議会選出)。オハイオ州は選挙人8人のうち1人(デイヴィッド・アボット)が投票せず、実際に投じられたのは7人分のみだったが、NARA・Wikipediaとも同州の選挙人票の総数自体を7として扱っており(任命されたが投票しなかった1人分は全国の総数217に含まれない)、本シリーズもこれに合わせてelectoral_total=217とした(判断の詳細はnote参照)。この時期は候補者別の全国得票という概念が実務上成立せず、NARA・米国勢調査局のいずれにもこの回の一般得票は記録されていない。

NARA(米国国立公文書館)の回次ページ(https://www.archives.gov/electoral-college/1812)の冒頭要約: President: James Madison [Democratic-Republican] / Main Opponent: De Witt Clinton [Federalist/Independent D-R] / Electoral Vote: Winner 128 / Main Opponent 89 / Total/Majority 217/109 / Vice President: Elbridge Gerry (131) / V.P. Opponent: Jared Ingersoll (86)。1808年の表記(Total/Majority「176 (175)*/89」のように括弧書きで2つの数字を併記し脚注を付す形式)とは異なり、1812年のNARAページには括弧書きの併記も脚注も無く、Total/Majorityは「217/109」という単一の数字のみである。/州別表(18州: CT, DE, GA, KY, LA, MD, MA, NH, NJ, NY, NC, OH, PA, RI, SC, TN, VT, VA)をBeautifulSoupで構造的に読み取り、各州の「Electoral Vote of Each State」欄と「For President」欄(Madison / Clinton)を機械的に合計して検算したところ、Totals行(217/128/89/131/86)と完全に一致した: マディソン128(内訳: GA8 KY12 LA3 MD6 NC15 OH7 PA25 SC11 TN8 VT8 VA25)・クリントン89(内訳: CT9 DE4 MD5 MA22 NH8 NJ8 NY29 RI4)。副大統領票も同様に検算し、ゲリー131・インガーソル86(合計217)がTotals行と一致することを確認した。州の選挙人数の合計(CT9+DE4+GA8+KY12+LA3+MD11+MA22+NH8+NJ8+NY29+NC15+OH7+PA25+RI4+SC11+TN8+VT8+VA25)も217で一致する。/米国勢調査局『Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970』Part 2 Series Y79-83(誌面1074ページ)の1812年の行(Number of States=18)は、James Madison (Democratic-Republican, 128)・De Witt Clinton (Fusion, 89)の下に、候補者ではない「(Not voted)」という行を独立に置き、electoral列に1を計上している(合計128+89+1=218)。この「1」はオハイオ州選出の選挙人8人のうちの1人(デイヴィッド・アボット、Tammanyティケット)が投票しなかったことに対応する。バージニア大学系の歴史記事(Midstory「Abbott's Absence: Faithless Electors and the Politics of Change in the Buckeye State」https://www.midstory.org/abbotts-absence-faithless-electors-and-the-politics-of-change-in-the-buckeye-state/)が、オハイオ州は8人の選挙人を選出したがそのうち7人だけが実際に投票し、アボットは欠席のまま「not present」と公式記録に残されたと明記しており、欠席の理由は「今日まで不明(the cause of Abbott's nonattendance remains unclear to this day)」としている。Wikipedia英語版「1812 United States presidential election」の脚注(c)「One elector from Ohio did not vote.」もこれと符合する。/本タスクの核心=このオハイオ州の非投票をどう扱うか(運用手順書「1872年の『数えられなかった票』パターンを盲目的に複製しない」第6-20節の判定基準を適用): 判定基準は「その選挙人は投票という行為を成立させたか、それとも行わなかったか」ではなく、まず「NARA自身のTotal/Majorityの分母(過半数の基準)に、その票が含まれているか」を先に文章で確認することを求めている。1812年についてこれを確認すると: (1) NARAのTotal/Majorityは「217/109」という単一の数字であり、1808年のような「176 (175)*」型の並記は無い。(2) floor(217/2)+1=109はNARAが公表する過半数と一致し、これは実際に投じられた票の合計(128+89=217)そのものを分母とした計算である。任命された8人全員を含む218を分母にした場合はfloor(218/2)+1=110となり、NARAの公表する109とは一致しない。(3) NARAの州別表自体、オハイオ州の「Electoral Vote of Each State」欄(本来なら州の割当数を表す欄)を7としており、8(割当の可能性がある数)と7(実際の投票数)を別々の欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法(州欄8・投票欄7)とは異なる。すなわちNARAは、投票しなかったアボットの分をそもそも州の総数からして除外しており、「任命されたが数えない」のではなく「最初から総数に含めない」という扱いになっている。(4) Wikipedia英語版の「Electoral votes by state」表・infoboxの合計欄(Total 217 / Needed to win 109)も同じ217を採用しており、NARAと完全に一致する。/以上から、1812年のオハイオ州のケースは、NARA自身がその票を過半数の分母に含めている1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1872年ジョージア州(352。死去した候補への投票でも投票行為自体は成立し総数に含む)・2000年D.C.(538。白票の棄権も投票行為として総数に含む)のパターンではなく、NARA自身がその票を過半数の分母に含めていない1832年メリーランド州(286。選挙人2人が投票行為自体を行わず、NARAの総数にもこの2人を含まない。過半数もこの286を基準にした144であって288を基準にした145ではない)と同じ構造に該当すると判断した。したがって本シリーズは、1872年パターンのような合成候補(投票していない選挙人の分だけを計上する架空の候補者行)を作らず、1832年是正の方針と同じく、electoral_total=217とし、オハイオ州の行の選挙人票をNARA・Wikipediaと同じ7(8ではない)で記録する。Census自身の「(Not voted)=1」という独立の行の存在は、この1票が歴史的事実として起きたこと自体を裏付ける資料ではあるが、NARA自身が採用する過半数の算出根拠(217を分母とする109)とは別の集計方針(218を分母とする)を示しているにすぎず、本シリーズがNARA・Wikipediaと同じ217を採用する判断を左右しない。/州ごとの選挙人選出方式は、Wikipedia英語版「1812 United States presidential election」の「Electoral college selection」節の分類表と、The Green Papers「By whom U.S. PRESIDENTIAL ELECTORS were appointed」の州別年表(1812年時点の区間表記)の両方で確認し、完全に一致した(脚注(a)「Only 9 of the 18 states chose electors by popular vote.」の総数9も一致): 州議会選出9州(コネチカット・デラウェア・ジョージア・ルイジアナ・ニュージャージー・ニューヨーク・ノースカロライナ・サウスカロライナ・バーモント)、住民投票9州(ニューハンプシャー・オハイオ・ペンシルベニア・ロードアイランド・バージニアは州全体の住民投票、ケンタッキーは3選挙区(1選挙区あたり4人)、メリーランド・テネシーは選挙区ごとに1人、マサチューセッツは州全体2人+連邦下院の選挙区ごとに1人の混合方式)。ノースカロライナは1804〜1808年は住民投票だったが(The Green Papers「1796--the People--1808」)、1812年は州議会選出に戻り(「Legislature」)、1816年から再び住民投票に戻る(「from 1816--the People--」)という変遷を、1808年タスクの手順メモが予告していたとおり確認した。ルイジアナは1812年4月30日に合衆国へ昇格しこの回が初参加であり、The Green Papersは「1812--Legislature--1824」と、加盟直後から1824年まで州議会選出だったと明記している(Wikipediaの分類表もルイジアナを州議会選出に分類しており一致)。/候補者の党派について: マディソンはNARA・米国勢調査局とも「Democratic-Republican」と明記しており一致する。デウィット・クリントンは、NARAが「Federalist/Independent D-R」、米国勢調査局が政党名を「Fusion」と表記する一方、Wikipedia英語版のinfoboxは(本文コメントで「一般に連邦党候補と呼ばれるが、クリントンは技術的には民主共和党員として出馬し、連邦党自身の公認候補ではなかった」と注記しつつ)表面上は「Democratic-Republican」と表示している。3出典の表記が一致しない背景には、クリントンが民主共和党員でありながら同党の公認候補マディソンに対抗して出馬し、連邦党が独自候補を立てずに事実上支持に回った(公認はしていない)という史実がある。本シリーズは、1789・1808・1832・1872年等の前例(いずれの党の公認大統領候補でもない場合は無所属として扱う方針)にならい、party_ja=無所属とし、party_original にはNARA本文が明記する「Federalist/Independent D-R」をそのまま採用した(米国勢調査局の「Fusion」・Wikipediaの「Democratic-Republican」の両表記との相違点はcandidates.tsvのnoteに明記する)。/メリーランド州は選挙人11人のうちマディソン6・クリントン5に分かれた(NARA州別表・Wikipedia本文「Maryland, 3.24% (875 votes)」=僅差州として言及)。ニューヨーク州・ニュージャージー州は1808年にマディソンが得ていたが1812年はクリントンに転じており(Wikipedia本文「States that flipped from Democratic-Republican to Federalist: New York, New Jersey」)、両州とも州議会選出であるため一般投票の記録はない。/vote_date_from=1812-10-29・vote_date=1812-12-01は、1792年連邦選挙法(act_1792)が定める「選挙人が投票する日=12月の第1水曜日」(1812年は12月2日)の34日前から1日前までを、world_content.pyのlaw_basis=act_1792の検証式と同一の計算式で機械的に算出した値。

投票日
1812/10/29〜1812/12/01(州により異なる。詳しくは注記参照)
投票率
選挙人票
217総数
当選者
ジェームズ・マディソン

選挙人票の結果

ジェームズ・マディソン 12889 デウィット・クリントン
12889

縦線は多数派に必要な109票(総数217の過半数)。

ジェームズ・マディソンが128票を獲得し、過半数(109票)に達しました。

州ごとの結果

無所属民主共和党この回にはまだ選挙人がいません

候補者別の結果

候補者政党選挙人票当落
ジェームズ・マディソン
James Madison1812年はマディソンの再選で、大統領選挙人票128(過半数109に対し19票の余裕)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1812)の回次ページの州別表の各列を機械的に合計して検算し、Totals行(217/128/89/131/86)と完全に一致した(マディソン128の内訳: GA8 KY12 LA3 MD6 NC15 OH7 PA25 SC11 TN8 VT8 VA25。クリントン89の内訳: CT9 DE4 MD5 MA22 NH8 NJ8 NY29 RI4)。米国勢調査局『Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970』Part 2 Series Y79-83(誌面1074ページ)も同じ数字(マディソン128・クリントン89)を掲載しており、2出典が一致する。ただしCensusの同じ行は、この2名の下に候補者ではない「(Not voted)」という行を独立に置き、選挙人票1を計上して合計を218としている(NARA自身の州別表・Totals行は217で、この1票を含まない)。これはオハイオ州の選挙人8人のうち1人(デイヴィッド・アボット)が投票しなかったことによるもので、NARAの州別表はオハイオ州の「Electoral Vote of Each State」欄自体をすでに7(8ではない)として計上しており、Wikipedia英語版「1812 United States presidential election」のinfobox合計欄(Total 217/Needed to win 109)も同じ217を採用している。運用手順書第6-20節の判定基準(NARA自身の総数(=過半数の分母)にその票が含まれているかを先に確認する)を適用すると、NARAのTotal/Majorityは「217/109」という単一の数字で示されており、1808年ケンタッキー州のケース(「176 (175)*/89」の併記・過半数は176(投票しなかった1人を含む)基準)とは異なり、括弧書きの併記や脚注による過半数の基準変更は無い。floor(217/2)+1=109はNARAの公表する過半数と一致し、これは実際に投じられた票の合計(128+89=217)を基準にした計算であって、任命された8人全員を含む218を基準にした計算(floor(218/2)+1=110)ではない。したがって本件は1808年(NARAが176(投票しなかった1人を含む数)を過半数の分母に採用=含むパターン)ではなく、1832年メリーランド州(選挙人2人が投票行為自体を行わず、NARAの総数286人にこの2人を含まない=含まないパターン)と同じ構造に該当すると判断し、オハイオ州の投票しなかった1人分を候補者ではない合成行として計上することはせず、electoral_total=217、オハイオ州の行の選挙人票はNARA・Wikipediaと同じ7(8ではない)で記録している(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。 党派はNARA本文が明記する「James Madison [Democratic-Republican]」をそのまま採用した(米国勢調査局Series Yも同じくDemocratic-Republicanと明記)。副大統領は同じ選挙人団の別の投票でエルブリッジ・ゲリー(選挙人票131)が選ばれたが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない(rounds.tsvのnote・summaryを参照)。
民主共和党128当選
デウィット・クリントン
DeWitt Clinton1812年はマディソンの再選で、大統領選挙人票128(過半数109に対し19票の余裕)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1812)の回次ページの州別表の各列を機械的に合計して検算し、Totals行(217/128/89/131/86)と完全に一致した(マディソン128の内訳: GA8 KY12 LA3 MD6 NC15 OH7 PA25 SC11 TN8 VT8 VA25。クリントン89の内訳: CT9 DE4 MD5 MA22 NH8 NJ8 NY29 RI4)。米国勢調査局『Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970』Part 2 Series Y79-83(誌面1074ページ)も同じ数字(マディソン128・クリントン89)を掲載しており、2出典が一致する。ただしCensusの同じ行は、この2名の下に候補者ではない「(Not voted)」という行を独立に置き、選挙人票1を計上して合計を218としている(NARA自身の州別表・Totals行は217で、この1票を含まない)。これはオハイオ州の選挙人8人のうち1人(デイヴィッド・アボット)が投票しなかったことによるもので、NARAの州別表はオハイオ州の「Electoral Vote of Each State」欄自体をすでに7(8ではない)として計上しており、Wikipedia英語版「1812 United States presidential election」のinfobox合計欄(Total 217/Needed to win 109)も同じ217を採用している。運用手順書第6-20節の判定基準(NARA自身の総数(=過半数の分母)にその票が含まれているかを先に確認する)を適用すると、NARAのTotal/Majorityは「217/109」という単一の数字で示されており、1808年ケンタッキー州のケース(「176 (175)*/89」の併記・過半数は176(投票しなかった1人を含む)基準)とは異なり、括弧書きの併記や脚注による過半数の基準変更は無い。floor(217/2)+1=109はNARAの公表する過半数と一致し、これは実際に投じられた票の合計(128+89=217)を基準にした計算であって、任命された8人全員を含む218を基準にした計算(floor(218/2)+1=110)ではない。したがって本件は1808年(NARAが176(投票しなかった1人を含む数)を過半数の分母に採用=含むパターン)ではなく、1832年メリーランド州(選挙人2人が投票行為自体を行わず、NARAの総数286人にこの2人を含まない=含まないパターン)と同じ構造に該当すると判断し、オハイオ州の投票しなかった1人分を候補者ではない合成行として計上することはせず、electoral_total=217、オハイオ州の行の選挙人票はNARA・Wikipediaと同じ7(8ではない)で記録している(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。 NARAはこの人物の大統領候補としての立場を「Main Opponent: De Witt Clinton [Federalist/Independent D-R]」と明記している。ニューヨーク州知事であり、現職副大統領ジョージ・クリントン(1808年に無所属で対抗馬になった人物・叔父)の甥にあたる。独自候補を立てなかった連邦党の事実上の支持(公認ではない)と、対英開戦に批判的な民主共和党の一部(いわゆる「クリントン派」)を糾合した統一候補で、米国勢調査局Series Yは政党名を「Fusion」と表記している。一方でWikipedia英語版のinfoboxは(本文コメントで「一般に連邦党候補と呼ばれるが、クリントンは技術的には民主共和党員として出馬し、連邦党自身の公認候補ではなかった」と注記しつつ)表面上は「Democratic-Republican」と表示しており、3出典(NARA/米国勢調査局/Wikipedia)の党派表記は一致しない。本人は民主共和党の党籍を保持したまま、同党の公認候補マディソンに対抗して出馬し、連邦党からも公認は受けていないため、本表では1789・1808・1832・1872年等の前例(いずれの党の公認大統領候補でもない場合は無所属として扱う方針)にならい無所属として扱い、party_original にはNARA本文の表記「Federalist/Independent D-R」をそのまま採用した。得票89のうち、地元ニューヨーク州(29)・ニュージャージー州(8)は1808年にマディソンが得ていた州で、Wikipedia本文が「States that flipped from Democratic-Republican to Federalist: New York, New Jersey」と述べる転換に対応する。メリーランド州は選挙人11人のうちマディソン6・クリントン5に分かれた(同州は僅差州でもあり、Wikipedia本文「Maryland, 3.24% (875 votes)」)。副大統領候補としては連邦党のジャレド・インガーソル(選挙人票86)が同じ配分で落選したが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない。
無所属89落選

この回は州議会が選挙人を選んだ州と一般投票で選んだ州が混在しており、全国の得票集計が成り立ちません。選挙人票と州ごとの結果は収録しています。

州ごとの一覧

候補者政党得票数選挙人票
コネチカット州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。デウィット・クリントン無所属9
デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。デウィット・クリントン無所属4
ジョージア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・マディソン民主共和党8
ケンタッキー州ジェームズ・マディソン民主共和党12
ルイジアナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・マディソン民主共和党3
メリーランド州ジェームズ・マディソン民主共和党6
メリーランド州デウィット・クリントン無所属5
マサチューセッツ州デウィット・クリントン無所属22
ニューハンプシャー州デウィット・クリントン無所属8
ニュージャージー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。デウィット・クリントン無所属8
ニューヨーク州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。デウィット・クリントン無所属29
ノースカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・マディソン民主共和党15
オハイオ州ジェームズ・マディソン民主共和党7
ペンシルベニア州ジェームズ・マディソン民主共和党25
ロードアイランド州デウィット・クリントン無所属4
サウスカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・マディソン民主共和党11
テネシー州ジェームズ・マディソン民主共和党8
バーモント州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・マディソン民主共和党8
バージニア州ジェームズ・マディソン民主共和党25

出典