1816年アメリカ大統領選挙
1816年12月4日を基準に法定の34日間の窓(1816年10月31日から12月3日)で選挙人が任命・選出された大統領選挙。現職国務長官ジェームズ・モンロー(民主共和党)が、連邦党のルーファス・キング(NARA表記「Rufus King [Federalist]」。ただし連邦党から正式に指名されたわけではなく、党として独自候補を立てず州議会選出の3州(コネチカット・デラウェア・マサチューセッツ)の「unpledged」選挙人がキングに投票した)を大差で破った。選挙人団では、モンローが選挙人票183、キングが34を得た。この回の19州(インディアナが1816年12月11日に合衆国へ昇格し初参加)のうち、コネチカット・デラウェア・ジョージア・インディアナ・ルイジアナ・マサチューセッツ・ニューヨーク・サウスカロライナ・バーモントの9州が州議会選出、ケンタッキー・メリーランド・ニューハンプシャー・ニュージャージー・ノースカロライナ・オハイオ・ペンシルベニア・ロードアイランド・テネシー・バージニアの10州が住民投票(このうちケンタッキー・メリーランド・テネシーは選挙区単位)。NARAはこの回の選挙人任命総数を221とし、括弧書きで実際に投じられた票の合計217を併記した上で脚注「*One elector from Delaware and three from Maryland did not vote.」を付している(デラウェア州の選挙人1人、メリーランド州の選挙人3人、計4人が投票しなかった)。NARA自身が公表する過半数111はfloor(221/2)+1で算出されており(217を基準にすると109でNARAの111とは一致しない)、これは1808年ケンタッキー州と同じ「任命された総数(投票しなかった分を含む)を過半数の分母に使う」パターンに該当する(1812年オハイオ州のような「投票しなかった分を最初から総数に含めない」パターンではない)。したがって本シリーズはelectoral_total=221とし、投票しなかった4人分をデラウェア州・メリーランド州それぞれの合成候補(result=対象外)として計上した(判断根拠の詳細はnote参照)。この時期は候補者別の全国得票という概念が実務上成立せず(19州のうち9州は州議会選出で一般投票が存在しない)、NARAにはこの回の一般得票は記録されていない(ただしWikipediaはA New Nation Votes等の集計から住民投票のあった州に限る一般得票を掲載している。本シリーズは1808・1812年と同じ方針でvotesを空欄にする)。
NARA(米国国立公文書館)の回次ページ(https://www.archives.gov/electoral-college/1816)の冒頭要約: President: James Monroe [Democratic-Republican] / Main Opponent: Rufus King [Federalist] / Electoral Vote: Winner 183 / Main Opponent 34 / Total/Majority: 221 (217)*/111 / Vice President: Daniel D. Tompkins (183) / V.P. Opponents: John E. Howard (22); James Ross (5); John Marshall (4); Robert G. Harper (3) / Notes: *One elector from Delaware and three from Maryland did not vote./州別表(19州: CT, DE, GA, IN, KY, LA, MD, MA, NH, NJ, NY, NC, OH, PA, RI, SC, TN, VT, VA)を構造的に読み取り、各州の「Electoral Vote of Each State」欄と「For President」欄(Monroe / King)を機械的に合計して検算したところ、Totals行(221 (217)*/183/34/183/22/5/4/3)と完全に一致した:モンロー183(内訳: GA8 IN3 KY12 LA3 MD8 NH8 NJ8 NY29 NC15 OH8 PA25 RI4 SC11 TN8 VT8 VA25)・キング34(内訳: CT9 DE3 MA22)。副大統領票も同様に検算し、トンプキンス183(モンローと同一選挙人団なので同数)・ハワード22・ロス5・マーシャル4・ハーパー3(合計217)がTotals行と一致することを確認した。州の選挙人数の合計(CT9+DE4+GA8+IN3+KY12+LA3+MD11+MA22+NH8+NJ8+NY29+NC15+OH8+PA25+RI4+SC11+TN8+VT8+VA25)は221で一致する(実際に投じられた票の合計217との差4が、デラウェア州の非投票1人・メリーランド州の非投票3人に対応する)。/デラウェア州の表記は「Delaware* | 4 | - | 3 | - | - | - | - | 3」(Electoral Vote of Each State=4、For President Kingの列=3、For Vice-PresidentのHarper=3)であり、州の割当4に対し実際にキングへ投じられたのは3票のみ。メリーランド州の表記は「Maryland* | 11 | 8 | - | 8 | - | - | - | -」(Electoral Vote of Each State=11、For President Monroeの列=8)であり、州の割当11に対し実際にモンローへ投じられたのは8票のみ(キングへの票は0)。差の11-8=3がメリーランド州の脚注に対応する。/本タスクの核心=この4人の非投票をどう扱うか(運用手順書「1872年の『数えられなかった票』パターンを盲目的に複製しない」第6-20節の判定基準を適用): 判定基準は、架空の候補者行を作る前にまず「NARA自身のTotal/Majorityの分母(過半数の基準)に、その票が含まれているか」を文章で確認することを求めている。1816年についてこれを実際に計算すると: (1) NARAのTotal/Majorityは「221 (217)*/111」であり、括弧書きで2つの数字を併記し脚注を付す点が、1808年ケンタッキー州の「176 (175)*/89」と同一の表記構造である(1812年オハイオ州の単一の数字「217/109」とは構造が異なる)。(2) floor(221/2)+1=111はNARAが公表する過半数と一致し、floor(217/2)+1=109とは一致しない。すなわちNARA自身は過半数の分母として221(投票しなかった4人を含む数)を採用している。(3) NARAの州別表自体も、デラウェア州の「Electoral Vote of Each State」欄を4(実際の投票数3ではない)、メリーランド州の同欄を11(実際の投票数8ではない)としており、州の割当総数と実投票数を別々の欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法(州欄8・投票欄7)と同型である。/以上から、1816年のデラウェア州・メリーランド州のケースは、NARA自身がその票を過半数の分母に含めている1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1872年ジョージア州(352)・2000年D.C.(538)のパターンに該当し、NARA自身がその票を過半数の分母に含めていない1812年オハイオ州(217。投票しなかった1人を含まない)・1832年メリーランド州(286。投票しなかった2人を含まない)のパターンには該当しないと判断した。したがって本シリーズはelectoral_total=221とし、1872年パターンと同様に、投票しなかった4人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上する。/合成行の分け方: 1808年の先例は単一州(ケンタッキー)・単一の選挙人が対象だったため、州名を冠した合成候補を1行だけ作れば足りた。1816年は非投票がデラウェア州(1人)とメリーランド州(3人)の2州にまたがるため、州ごとに別々の合成候補行を作ることとした(「投票しなかった選挙人(デラウェア州選出)」electoral_votes=1、「投票しなかった選挙人(メリーランド州選出)」electoral_votes=3)。1つに統合した「投票しなかった選挙人(デラウェア州・メリーランド州選出)」electoral_votes=4という案も検討したが、(a) states.tsvで各州の実際の内訳(デラウェア1・メリーランド3)がどの州で何人だったか一目で分かるようにするため、(b) 1808年の先例が候補者名に選出州を明記する方式を採っており、複数州を1行に混ぜるとその方式から逸脱するため、州ごとに分けることとした。各行のelectoral_votesの合計(1+3=4)は221-217=4と一致し、states.tsvの州別内訳(デラウェア1・メリーランド3)ともそれぞれ一致する。/Wikipedia英語版「1816 United States presidential election」のinfoboxは、Total 217/217・Needed to win 109/109という、NARAとは異なる(だが内部的には整合した)数字を掲載している(217を分母にすればfloor(217/2)+1=109が正しく、Wikipediaの記載はこの点で1808年当時のような内部矛盾は無い)。しかしこれはWikipediaが独自に「実際に投じられた票の合計」を採用しているというだけであり、本シリーズが従うNARA自身の判断(過半数111は221を分母にしている)とは別の集計方針である。本シリーズはこれまでの全回と同じくNARAを一次資料の基準として採用し、電子総数・過半数の値はNARAに合わせる(Wikipediaの217/109という値はnoteに記載するに留め、電子データには反映しない)。Wikipedia本文も脚注(c)「One elector from Delaware and three electors from Maryland did not vote.」と、本文「Four Federalist electors (the three Maryland Federalists and one elector from Delaware) did not vote; the remaining 34 voted for Rufus King.」で、非投票の4人がいずれもキングに投票する予定だった(Federalist側の)選挙人だったことを明記しており、NARAの脚注「*One elector from Delaware and three from Maryland did not vote.」と事実関係は完全に一致する。/州ごとの選挙人選出方式は、Wikipedia英語版「1816 United States presidential election」の「Electoral college selection」節の分類表と、The Green Papers「By whom U.S. PRESIDENTIAL ELECTORS were appointed」の州別年表(1816年時点の区間表記)の両方で確認し、完全に一致した(脚注(a)「In nine states, electors were chosen by the legislature rather than by popular vote.」の総数9も一致): 州議会選出9州(コネチカット「1789--Legislature--1816」・デラウェア「1792--Legislature--1828」・ジョージア「1800--Legislature--1824」・インディアナ「1816--Legislature--1820」=昇格直後のこの回から州議会選出・ルイジアナ「1812--Legislature--1824」・マサチューセッツ=1808年報告の手順メモが予告した隔回交互パターンどおり1812年(the People)から1816年に再びLegislatureへ・ニューヨーク「1792--Legislature--1824」・サウスカロライナ「1789--Legislature--1860」・バーモント「1792--Legislature--1824」)、住民投票10州(ケンタッキー・メリーランド・テネシーは選挙区単位、ニューハンプシャー・ニュージャージー(「from 1816--the People--」=この回から住民投票に転じた)・ノースカロライナ(「from 1816--the People--」=1812年の州議会選出から1816年にまた住民投票へ戻る。1812年報告の手順メモが予告していたとおり)・オハイオ・ペンシルベニア・ロードアイランド・バージニアは州全体の住民投票)。インディアナは1816年12月11日に合衆国へ昇格しこの回が初参加であり、The Green Papersは「1816--Legislature--1820」と、昇格直後から1820年まで州議会選出だったと明記している(Wikipediaの分類表もインディアナを州議会選出に分類しており一致)。/候補者の党派について: モンローはNARA本文が明記する「James Monroe [Democratic-Republican]」をそのまま採用した(Wikipedia infoboxも同じくDemocratic-Republican)。キングはNARA本文が明記する「Rufus King [Federalist]」・Wikipedia infoboxも「Federalist」と一致する。ただしWikipedia脚注(d)「King was not formally nominated by the Federalist Party and did not campaign; his electoral votes came from unpledged electors from three states where electors were chosen by the legislature.」との注記があり、キングが連邦党から正式に指名された候補ではなく、州議会選出3州(コネチカット・デラウェア・マサチューセッツ)の「unpledged」選挙人が実質的に彼に投票したという史実がある。この点は1808・1812年のクリントンの扱い(いずれの党の公認候補でもない場合は無所属とする)と類似する状況にも見えるが、NARA・Wikipediaとも本人を明確に「Federalist」と分類しており(NARAの「[Independent D-R]」のような曖昧な表記は無い)、本人自身も連邦党の政治家として活動していた(1804年・1808年の副大統領候補でもあった)ため、本シリーズはNARA・Wikipedia両出典の分類にそのまま従い、party_ja=連邦党とした(1789・1808・1812・1832・1872年のような無所属扱いとはしていない。判断の違いを明記する)。/vote_date_from=1816-10-31・vote_date=1816-12-03は、1792年連邦選挙法(act_1792)が定める「選挙人が投票する日=12月の第1水曜日」(1816年は12月4日)の34日前から1日前までを、world_content.pyのlaw_basis=act_1792の検証式と同一の計算式で機械的に算出した値。
選挙人票の結果
縦線は多数派に必要な111票(総数221の過半数)。
州ごとの結果
候補者別の結果
| 候補者 | 政党 | 選挙人票 | 当落 |
|---|---|---|---|
| ジェームズ・モンロー James Monroe1816年はモンローの当選で、大統領選挙人票183(過半数111を大幅に超える)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1816)の回次ページに基づく(モンロー183・キング34、合計217は実際に投じられた票の合計。NARAはこのほかに任命された選挙人の総数221を明記し、デラウェア州の選挙人1人・メリーランド州の選挙人3人、計4人が投票しなかったことを脚注で説明している。過半数111は221を基準に算出されている(floor(221/2)+1=111。217を基準にすると109になり、NARA自身の記載する111と食い違う)。詳しい判断根拠はrounds.tsvのnoteを参照。) 党派はNARA本文が明記する「James Monroe [Democratic-Republican]」をそのまま採用した(Wikipedia infoboxも同じくDemocratic-Republican)。副大統領は同じ選挙人団の別の投票でダニエル・D・トンプキンス(民主共和党・選挙人票183・モンローと完全に同数)が選ばれたが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない(rounds.tsvのnote・summaryを参照)。 | 民主共和党 | 183 | 当選 |
| ルーファス・キング Rufus King1816年はモンローの当選で、大統領選挙人票183(過半数111を大幅に超える)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1816)の回次ページに基づく(モンロー183・キング34、合計217は実際に投じられた票の合計。NARAはこのほかに任命された選挙人の総数221を明記し、デラウェア州の選挙人1人・メリーランド州の選挙人3人、計4人が投票しなかったことを脚注で説明している。過半数111は221を基準に算出されている(floor(221/2)+1=111。217を基準にすると109になり、NARA自身の記載する111と食い違う)。詳しい判断根拠はrounds.tsvのnoteを参照。) 党派はNARA本文が明記する「Rufus King [Federalist]」をそのまま採用した(Wikipediainfoboxも同じくFederalist)。ただしWikipedia脚注(d)は「King was not formally nominated by the Federalist Party and did not campaign; his electoral votes came from unpledged electors from three states where electors were chosen by the legislature.」と注記しており、連邦党から正式に指名された候補ではなく、州議会選出のコネチカット・デラウェア・マサチューセッツ3州の「unpledged」選挙人が実質的にキングへ投票したという史実がある。NARA・Wikipediaとも本人を明確にFederalistと分類しており(1808・1812年のクリントンのような党派表記の食い違いは無い)、本シリーズはこれに従いparty_ja=連邦党とした。副大統領候補として連邦党寄りのジョン・E・ハワード(選挙人票22)・ジェームズ・ロス(5)・ジョン・マーシャル(4)・ロバート・G・ハーパー(3)が同じ配分で落選したが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない。 | 連邦党 | 34 | 落選 |
| 投票しなかった選挙人(デラウェア州選出) (elector from Delaware who did not vote)NARAは1816年の選挙人任命総数を221とし、その内訳(Total/Majority)を「221 (217)*/111」と表記した上で、脚注に「*One elector from Delaware and three from Maryland did not vote.」と明記している(Wikipedia本文にも同旨の記載「One elector from Delaware and three electors from Maryland did not vote.」「Four Federalist electors (the three Maryland Federalists and one elector from Delaware) did not vote; the remaining 34 voted for Rufus King.」があり、この選挙人はキングに投票する予定だった連邦党側の選挙人だったと分かる)。デラウェア州の割当は選挙人4人だが、NARA州別表の「For President」欄(キング)は3、州別表全体の「Electoral Vote of Each State」欄は4のままであり、州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法と同型である。過半数111はfloor(221/2)+1で算出されており(217を基準にすると109)、NARA自身がこの過半数の分母に221(投票しなかった4人を含む数)を使っていることが明らか。この事実関係は、1812年オハイオ州(選挙人1人が投票せず、NARAの州別表自体が総数欄を最初から7とし、総数217にこの1人を含まない=「含まない」パターン)とは逆で、1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1872年(下院決議で不算入となった票でも投票行為自体は成立しており総数に含む)・2000年(白票の棄権も投票行為として総数に含む)と同じ「NARAの総数に含まれる」パターンに該当する。したがって本シリーズはelectoral_total=221とし、この選挙人1人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上することで、州別・候補者別いずれの合計もNARA自身の過半数111と整合させている(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。同じ理由で投票しなかったメリーランド州の3人分は、州が異なるため別の合成候補「投票しなかった選挙人(メリーランド州選出)」として計上した(1つの合成候補にまとめなかった理由もrounds.tsvのnoteを参照)。投票しなかった理由の詳細(棄権か、単なる欠席か)は出典に記載が無く不明。 | 無所属 | 1 | 対象外 |
| 投票しなかった選挙人(メリーランド州選出) (electors from Maryland who did not vote)NARAは1816年の選挙人任命総数を221とし、その内訳(Total/Majority)を「221 (217)*/111」と表記した上で、脚注に「*One elector from Delaware and three from Maryland did not vote.」と明記している(Wikipedia本文の脚注(e)「Federalist unpledged electors carried three Maryland districts. All three electors subsequently abstained.」により、この3人はメリーランド州の3選挙区でキングに投票する予定だった連邦党側の選挙人であり、選出後に3人とも棄権したことが分かる)。メリーランド州の割当は選挙人11人だが、NARA州別表の「For President」欄(モンロー)は8、州別表全体の「Electoral Vote of Each State」欄は11のままであり、州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法と同型である。過半数111はfloor(221/2)+1で算出されており(217を基準にすると109)、NARA自身がこの過半数の分母に221(投票しなかった4人を含む数)を使っていることが明らか。この事実関係は、1812年オハイオ州(選挙人1人が投票せず、NARAの州別表自体が総数欄を最初から7とし、総数217にこの1人を含まない=「含まない」パターン)とは逆で、1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1872年(下院決議で不算入となった票でも投票行為自体は成立しており総数に含む)・2000年(白票の棄権も投票行為として総数に含む)と同じ「NARAの総数に含まれる」パターンに該当する。したがって本シリーズはelectoral_total=221とし、この選挙人3人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上することで、州別・候補者別いずれの合計もNARA自身の過半数111と整合させている(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。同じ理由で投票しなかったデラウェア州の1人分は、州が異なるため別の合成候補「投票しなかった選挙人(デラウェア州選出)」として計上した(1つの合成候補にまとめなかった理由もrounds.tsvのnoteを参照)。3人とも棄権した具体的な理由の詳細は出典に記載が無く不明。 | 無所属 | 3 | 対象外 |
この回は州議会が選挙人を選んだ州と一般投票で選んだ州が混在しており、全国の得票集計が成り立ちません。選挙人票と州ごとの結果は収録しています。
州ごとの一覧
| 州 | 候補者 | 政党 | 得票数 | 選挙人票 |
|---|---|---|---|---|
| コネチカット州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ルーファス・キング | 連邦党 | — | 9 |
| デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ルーファス・キング | 連邦党 | — | 3 |
| デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | 投票しなかった選挙人(デラウェア州選出) | 無所属 | — | 1 |
| ジョージア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| インディアナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 3 |
| ケンタッキー州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 12 |
| ルイジアナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 3 |
| メリーランド州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| メリーランド州 | 投票しなかった選挙人(メリーランド州選出) | 無所属 | — | 3 |
| マサチューセッツ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ルーファス・キング | 連邦党 | — | 22 |
| ニューハンプシャー州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| ニュージャージー州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| ニューヨーク州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 29 |
| ノースカロライナ州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 15 |
| オハイオ州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| ペンシルベニア州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 25 |
| ロードアイランド州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 4 |
| サウスカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 11 |
| テネシー州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| バーモント州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 8 |
| バージニア州 | ジェームズ・モンロー | 民主共和党 | — | 25 |