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1820年アメリカ大統領選挙

1820年12月6日を基準に法定の34日間の窓(1820年11月2日から12月5日)で選挙人が任命・選出された大統領選挙。現職大統領ジェームズ・モンロー(民主共和党)が再選され、選挙人票235のうち231を得た。唯一の反対票はニューハンプシャー州選出の選挙人ウィリアム・プルーマーが投じた1票で、国務長官ジョン・クインシー・アダムズ(NARA表記「John Quincy Adams [Independent D-R]」・正式にどの党からも指名された候補ではない)に投じられた。この回の24州(アラバマ・イリノイ・メイン・ミシシッピの4州が合衆国へ昇格し初参加。ミズーリ州も選挙人3人が選挙人票を投じNARAの州別表に他州と同じ通常の行として記録されているが、1820年12月6日の投票時点ではミズーリはまだ正式には州に昇格しておらず(昇格は1821年8月10日)、当時「ミズーリ危機」と呼ばれる奴隷制拡大論争の渦中で連邦議会が1821年2月14日の開票時にミズーリの選挙人票の有効性を巡って議論した。結果を左右しないため、上院は1821年2月13日の決議で「ミズーリを含めた場合と除いた場合の両方の数字を読み上げる」ことを定め、実際にそのように処理された(詳細判断根拠はnote参照))のうち、アラバマ・デラウェア・ジョージア・インディアナ・ルイジアナ・ミズーリ・ニューヨーク・サウスカロライナ・バーモントの9州が州議会選出、残り15州が住民投票(州全体、または選挙区単位、あるいはその混合)。NARAはこの回の選挙人任命総数を235とし、脚注で「235 electors were appointed, but only 232 votes were cast due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee.」(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計は232にとどまった)と説明している。NARA自身が公表する過半数118はfloor(235/2)+1で算出されており(232を基準にすると117で、NARAの118とは一致しない)、これは1808年ケンタッキー州・1816年デラウェア州/メリーランド州と同じ「任命された総数(投票しなかった分を含む)を過半数の分母に使う」パターンに該当する(1812年オハイオ州・1832年メリーランド州のような「投票しなかった分を最初から総数に含めない」パターンではない)。ただし1808・1816年の非投票が理由不明・単なる欠席だったのに対し、1820年の3人はNARAが明記するとおり死去が原因であり、性質が異なる(合成候補の名称・noteにその区別を明記した)。したがって本シリーズはelectoral_total=235とし、死去した3人分をミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州それぞれの合成候補(result=対象外)として州ごとに計上した(判断根拠の詳細はnote参照)。この時期は候補者別の全国得票という概念が実務上成立せず(24州のうち9州は州議会選出で一般投票が存在しない)、NARAにはこの回の一般得票は記録されていない。

NARA(米国国立公文書館)の回次ページ(https://www.archives.gov/electoral-college/1820)の冒頭要約: President: James Monroe [Democratic-Republican] / Main Opponent: John Quincy Adams [Independent D-R] / Electoral Vote: Winner 231 / Main Opponent 1 / Total/Majority: 235*/118 / Vice President: Daniel D. Tompkins (218) / V.P. Opponents: Richard Stockton (8); Robert G. Harper (1); Richard Rush (1); Daniel Rodney (4) / Notes: *235 electors were appointed, but only 232 votes were cast due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee./州別表(24州: AL, CT, DE, GA, IL, IN, KY, LA, ME, MD, MA, MS, MO, NH, NJ, NY, NC, OH, PA, RI, SC, TN, VT, VA)をPythonのHTMLParserで構造的に読み取り(列: Electoral Vote of Each State / For President[Monroe, J.Q.Adams] / For Vice-President[Tompkins, Stockton, Harper, Rush, Rodney])、Totals行(235 (232)*/231/1/218/8/1/1/4)と完全に一致することを検算した: モンロー231(内訳: AL3 CT9 DE4 GA8 IL3 IN3 KY12 LA3 ME9 MD11 MA15 MS2 MO3 NH7 NJ8 NY29 NC15 OH8 PA24 RI4 SC11 TN7 VT8 VA25)・J.Q.アダムズ1(内訳: NH1)。各州の選挙人数の合計(AL3+CT9+DE4+GA8+IL3+IN3+KY12+LA3+ME9+MD11+MA15+MS3+MO3+NH8+NJ8+NY29+NC15+OH8+PA25+RI4+SC11+TN8+VT8+VA25)は235で一致する。副大統領票も同様に検算し、トンプキンス218(モンローに投票した23州分の選挙人228人からマサチューセッツ7・デラウェア0・メリーランド10の内訳外の10票を除いた値ではなく、実際の内訳はマサチューセッツで7、デラウェアで0(全4票がロドニーへ)、メリーランドで10(1票がハーパーへ)、残り21州は各州のモンロー得票数と同数)・ストックトン8(マサチューセッツ)・ハーパー1(メリーランド)・ラッシュ1(ニューハンプシャー)・ロドニー4(デラウェア)が合計232でTotals行と一致することを確認した。/ミシシッピ州の表記は「Mississippi* | 3 | 2 | - | 2 | - | - | - | -」(Electoral Vote of Each State=3、For PresidentのMonroe列=2)であり、州の割当3に対し実際にモンローへ投じられたのは2票のみ。ペンシルベニア州は「Pennsylvania* | 25 | 24 | - | 24 | - | - | - | -」(割当25・実投票24)、テネシー州は「Tennessee* | 8 | 7 | - | 7 | - | - | - | -」(割当8・実投票7)。3州とも州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州・1816年デラウェア州/メリーランド州の表記方法と同型である。/本タスクの核心=この3人の死去をどう扱うか(運用手順書「1872年の『数えられなかった票』パターンを盲目的に複製しない」第6-20節の判定基準を適用): 判定基準は、架空の候補者行を作る前にまず「NARA自身のTotal/Majorityの分母(過半数の基準)に、その票が含まれているか」を文章で確認することを求めている。1820年についてこれを実際に計算すると: (1) NARAのTotal/Majorityは「235*/118」であり、単一の数字に脚注を付す表記構造である(1808年「176 (175)*/89」・1816年「221 (217)*/111」のような括弧併記ではなく、1832年「286*/144」に近い単一数字+脚注の構造)。(2) floor(235/2)+1=118はNARAが公表する過半数と一致し、floor(232/2)+1=117とは一致しない。すなわちNARA自身は過半数の分母として235(死去した3人を含む数)を採用している。(3) NARAの州別表自体も、ミシシッピ州の「Electoral Vote of Each State」欄を3(実際の投票数2ではない)、ペンシルベニア州の同欄を25(実投票24ではない)、テネシー州の同欄を8(実投票7ではない)としており、州の割当総数と実投票数を別々の欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法(州欄8・投票欄7)と同型である。以上から、1820年のミシシッピ・ペンシルベニア・テネシー3州のケースは、NARA自身がその票を過半数の分母に含めている1808年ケンタッキー州(176)・1816年デラウェア州/メリーランド州(221)・1872年ジョージア州(352)・2000年D.C.(538)のパターンに該当し、NARA自身がその票を過半数の分母に含めていない1812年オハイオ州(217)・1832年メリーランド州(286)のパターンには該当しないと判断した。したがって本シリーズはelectoral_total=235とし、1808・1816年と同様に、死去した3人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上する。/ただし1808・1816年との性質の違い: 1808年ケンタッキー州の1人・1816年デラウェア州1人/メリーランド州3人は、出典に理由の記載が無く「投票しなかった(did not vote)」としか分からなかった(棄権か単なる欠席かは不明のまま note に「不明」と明記した)。これに対し1820年の3人は、NARA自身が脚注で「due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee.」(死去が原因)と明記しており、原因が明確に異なる(欠席・棄権ではなく、選挙人団の開催前の死亡による欠員)。この区別を合成候補の名称(「死去した選挙人(◯◯州選出)」)とnoteに明記し、1808・1816年の「理由不明」という表現を流用しなかった。Wikipedia英語版「1820 United States presidential election」の脚注(d)にも「three electors (from Mississippi, Pennsylvania and Tennessee) pledged to the Monroe/Tompkins ticket died before the Electoral College convened and were not replaced, bringing the total number of electoral votes cast to 229 or 232 respectively.」とあり、3人ともモンロー・トンプキンスティケットに誓約していた選挙人だったことが分かる(実際に3州とも実投票はモンローの得票のみで、対立候補アダムズへの票は無い)。/合成行を1つにまとめず州ごとに3行に分けた理由は1816年と同じ: (a) states.tsvで各州の内訳(ミシシッピ1・ペンシルベニア1・テネシー1)がどの州で何人だったか候補者名だけで一目で読み取れるようにするため、(b) 1808・1816年の先例が候補者名に選出州を明記する方式(1候補者行=1州)を採っており、これに揃えるため。各行のelectoral_votesの合計(1+1+1=3)は235-232=3と一致し、states.tsvの州別内訳(ミシシッピ1・ペンシルベニア1・テネシー1)ともそれぞれ一致する。/ミズーリ州の統治参加資格を巡る論争(死去の論点とは別の論点。合成行やelectoral_totalの値には反映しない): Wikipedia本文「By the time Congress was due to meet to count the electoral votes from the election, this dispute had lasted over two months. ... Knowing ahead of time that Monroe had won in a landslide and that Missouri's vote would therefore make no difference in the final result, the Senate passed a resolution on February 13, 1821 ... Instead, the president of the Senate would announce the final tally twice, once with Missouri included and once with it excluded.」とあり、1821年2月14日の開票時、ミズーリがまだ正式な州か(昇格は1821年8月10日)を巡り連邦下院議員アーサー・リヴァモア(ニューハンプシャー州)が異議を唱えたが、モンローの当選という結果自体を左右しないため、上院・下院とも合同会議の議長(上院議長)が「ミズーリを含めた場合(モンロー231)と除いた場合(モンロー228)の両方の数字を発表する」という決議に従って処理し、実質的な決着はつけなかった。Wikipedia infoboxのfootnote(c)/(a)にも同旨の記載がある(「There was a dispute as to whether Missouri's electoral votes were valid ... The first figure excludes Missouri's votes and the second figure includes them.」)。しかし現在のNARA公式ページ自体は、ミズーリの行に他州と同じ扱い(アスタリスクなし)で選挙人票3をそのままモンローの内訳に算入した単一の表(Winner: 231・Totals行にもミズーリの3を含めた231)だけを掲載しており、当時の議会のような「2通りの数字」を並記していない。本シリーズはこれまでの全回と同じくNARAを一次資料の基準として採用しているため、Winner=231(ミズーリの3を含む)・electoral_total=235(ミズーリの3を含む)を採用し、ミズーリを含めない場合の代替数値(228・229)は候補者行やelectoral_totalには反映せず、この歴史的な経緯の説明に留める。この扱いは、ミズーリを「州にまだ昇格していなかった管轄」ではなく通常の参加州として扱うweb/app/lib/usStatehood.tsのFIRST_ELECTION(Missouri: {year: 1820})の既存設定(第3弾層2Task 6で追加済み)とも整合する。/候補者の党派について: モンローはNARA本文が明記する「James Monroe [Democratic-Republican]」をそのまま採用した(米国勢調査局Series Y79-83もDemocratic-Republicanで一致)。J.Q.アダムズは、NARA本文が「John Quincy Adams [Independent D-R]」と表記しており、単純な党名(1816年キングの「[Federalist]」のような)ではなく、1812年デウィット・クリントンの「Federalist/Independent D-R」と同型の複合表記である。1812年の前例(いずれの党の公認大統領候補でもない場合は無所属として扱う方針)にならい、party_ja=無所属、party_originalにはNARA本文の表記「Independent D-R」をそのまま採用した(米国勢調査局は「Independent-Republican」とわずかに異なる表記を用いており、この相違点はcandidates.tsvのnoteに明記する)。J.Q.アダムズが得た唯一の反対票はニューハンプシャー州選出の選挙人ウィリアム・プルーマー(元上院議員・元ニューハンプシャー州知事)によるもので、Wikipedia本文によれば「ワシントンを唯一満場一致で選ばれた大統領のままにするため」という広く知られた俗説は誤りで(政治学者エヴェレット・S・ブラウンの研究に基づきWikipediaが明記)、実際にはプルーマーが単にモンローを凡庸な大統領だと考え、アダムズの方が優れていると考えたためだった(本人の意向は事前に息子を通じてアダムズ本人に確認済み)。プルーマーは副大統領票もトンプキンスに投じず、リチャード・ラッシュに投じた(副大統領票はcandidates.tsvに計上しない方針のためnoteの記載に留める)。/州ごとの選挙人選出方式は、Wikipedia英語版「1820 United States presidential election」の「Electoral college selection」節の分類表と、The Green Papers「By whom U.S. PRESIDENTIAL ELECTORS were appointed」の州別年表(1820年時点の区間表記)の両方で確認し、完全に一致した(脚注「Only 15 of the 24 states chose electors by popular vote.」の総数15も一致): 州議会選出9州(アラバマ・デラウェア「1792--Legislature--1828」・ジョージア「1800--Legislature--1824」・インディアナ「1816--Legislature--1820」・ルイジアナ「1812--Legislature--1824」・ミズーリ(初参加・後述)・ニューヨーク「1792--Legislature--1824」・サウスカロライナ「1789--Legislature--1860」・バーモント「1792--Legislature--1824」)、住民投票15州(コネチカット=1820年からLegislatureの後、住民投票に転じた「from 1820--the People--」・イリノイ(初参加)・ケンタッキー(3選挙区・1選挙区4人)・メイン(初参加・州全体2人+連邦下院の選挙区ごとに1人)・メリーランド(選挙区ごとに1人)・マサチューセッツ(州全体2人+選挙区ごとに1人。1816年のLegislatureから1820年に住民投票へ戻る「from 1820--the People--」)・ミシシッピ(初参加)・ニューハンプシャー・ニュージャージー・ノースカロライナ・オハイオ・ペンシルベニア・ロードアイランド・テネシー(選挙区ごとに1人)・バージニアは州全体の住民投票)。アラバマ・イリノイ・メイン・ミシシッピの4州は合衆国へ昇格しこの回が大統領選挙への初参加(昇格年はそれぞれ1819年・1818年・1820年・1817年)。ミズーリはThe Green Papersが「*Legislature*」(脚注付き=昇格前の特殊事情)、Wikipediaの分類表も「Each elector appointed by state legislature」に分類しており両者一致する。/米国勢調査局『Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970』Part 2 Series Y79-83(誌面1074ページ)の1820年の行(Number of States=24)は、James Monroe(Republican、231)・John Q. Adams(Independent-Republican、1)・(Not voted)(3)の3行で構成され、合計231+1+3=235となり、NARAの235・232・231・1・死去3人という内訳と完全に一致する(米国勢調査局は党名を「Republican」と表記しているが、これは当時のDemocratic-Republican党を指す同局の慣用表記で、1816年の行も同様に「Republican」と表記していることを確認済み)。これはNARA・Wikipedia・米国勢調査局の3出典が候補者内訳・死去数のいずれも完全に一致する独立した検算である。/vote_date_from=1820-11-02・vote_date=1820-12-05は、1792年連邦選挙法(act_1792)が定める「選挙人が投票する日=12月の第1水曜日」(1820年は12月6日)の34日前から1日前までを、world_content.pyのlaw_basis=act_1792の検証式と同一の計算式で機械的に算出した値。

投票日
1820/11/02〜1820/12/05(州により異なる。詳しくは注記参照)
投票率
選挙人票
235総数
当選者
ジェームズ・モンロー

選挙人票の結果

ジェームズ・モンロー 2311 ジョン・クインシー・アダムズ1 死去した選挙人(ミシシッピ州選出)1 死去した選挙人(ペンシルベニア州選出)1 死去した選挙人(テネシー州選出)
231

縦線は多数派に必要な118票(総数235の過半数)。

ジェームズ・モンローが231票を獲得し、過半数(118票)に達しました。

州ごとの結果

民主共和党この回にはまだ選挙人がいません

候補者別の結果

候補者政党選挙人票当落
ジェームズ・モンロー
James Monroe1820年はモンローの再選で、大統領選挙人票231(過半数118を大幅に超える)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1820)の回次ページに基づく(モンロー231・J.Q.アダムズ1、合計232は実際に投じられた票の合計。NARAはこのほかに任命された選挙人の総数235を明記し、ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計が232にとどまったことを脚注で説明している。過半数118は235を基準に算出されている(floor(235/2)+1=118。232を基準にすると117になり、NARA自身の記載する118と食い違う)。この3人の死去した選挙人はいずれもモンロー・トンプキンスティケットに誓約していた(Wikipedia脚注による)。詳しい判断根拠はrounds.tsvのnoteを参照。) この回は24州のうちアラバマ・デラウェア・ジョージア・インディアナ・ルイジアナ・ミズーリ・ニューヨーク・サウスカロライナ・バーモントの9州が州議会選出、残り15州が住民投票だった。ミズーリ州は投票時点(1820年12月6日)でまだ正式には合衆国の州に昇格していなかった(昇格は1821年8月10日)が、NARAの現行ページはミズーリの選挙人票3をモンローの得票に他州と同様に算入している(1821年2月の連邦議会では算入の是非を巡り論争があったが、結果を左右しないため両論併記のまま処理された。詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。副大統領は同じ選挙人団の別の投票でダニエル・D・トンプキンス(民主共和党・選挙人票218)が選ばれたが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない。 党派はNARA本文が明記する「James Monroe [Democratic-Republican]」をそのまま採用した(米国勢調査局Series Y79-83もDemocratic-Republicanで一致)。
民主共和党231当選
ジョン・クインシー・アダムズ
John Quincy Adams1820年はモンローの再選で、大統領選挙人票231(過半数118を大幅に超える)を得た。得票はNARA(米国国立公文書館・https://www.archives.gov/electoral-college/1820)の回次ページに基づく(モンロー231・J.Q.アダムズ1、合計232は実際に投じられた票の合計。NARAはこのほかに任命された選挙人の総数235を明記し、ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計が232にとどまったことを脚注で説明している。過半数118は235を基準に算出されている(floor(235/2)+1=118。232を基準にすると117になり、NARA自身の記載する118と食い違う)。この3人の死去した選挙人はいずれもモンロー・トンプキンスティケットに誓約していた(Wikipedia脚注による)。詳しい判断根拠はrounds.tsvのnoteを参照。) この回は24州のうちアラバマ・デラウェア・ジョージア・インディアナ・ルイジアナ・ミズーリ・ニューヨーク・サウスカロライナ・バーモントの9州が州議会選出、残り15州が住民投票だった。ミズーリ州は投票時点(1820年12月6日)でまだ正式には合衆国の州に昇格していなかった(昇格は1821年8月10日)が、NARAの現行ページはミズーリの選挙人票3をモンローの得票に他州と同様に算入している(1821年2月の連邦議会では算入の是非を巡り論争があったが、結果を左右しないため両論併記のまま処理された。詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。副大統領は同じ選挙人団の別の投票でダニエル・D・トンプキンス(民主共和党・選挙人票218)が選ばれたが、1804年以降の副大統領選挙の結果は本サイトの候補者表に計上しない方針のため、ここには載せていない。 党派はNARA本文が明記する「John Quincy Adams [Independent D-R]」をそのまま採用した(米国勢調査局は「Independent-Republican」とわずかに異なる表記。1812年のデウィット・クリントン「Federalist/Independent D-R」と同型の複合表記であり、いずれの党の公認大統領候補でもない場合は無所属として扱う方針にならいparty_ja=無所属とした)。唯一の反対票を投じたのはニューハンプシャー州選出の選挙人ウィリアム・プルーマー(元上院議員・元ニューハンプシャー州知事)。Wikipedia本文によれば「ワシントンを唯一満場一致で選ばれた大統領のままにするため」という広く知られた俗説は誤りで(政治学者エヴェレット・S・ブラウンの研究に基づく)、実際にはプルーマーが単にモンローを凡庸な大統領だと考え、アダムズの方が優れていると考えたためだった。プルーマーは副大統領票もトンプキンスに投じず、リチャード・ラッシュに投じた(副大統領票は本サイトの候補者表に計上しない方針のためここには載せていない)。
無所属1落選
死去した選挙人(ミシシッピ州選出)
(elector from Mississippi who died before the electoral meeting)NARAは1820年の選挙人任命総数を235とし、その内訳(Total/Majority)を「235*/118」と表記した上で、脚注に「*235 electors were appointed, but only 232 votes were cast due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee.」と明記している(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計は232にとどまった)。ミシシッピ州の割当は選挙人3人だが、NARA州別表の「For President」欄(モンロー)は2、州別表全体の「Electoral Vote of Each State」欄は3のままであり、州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法と同型である。過半数118はfloor(235/2)+1で算出されており(232を基準にすると117)、NARA自身がこの過半数の分母に235(死去した3人を含む数)を使っていることが明らか。この事実関係は、1812年オハイオ州(選挙人1人が投票せず、NARAの州別表自体が総数欄を最初から7とし、総数217にこの1人を含まない=「含まない」パターン)とは逆で、1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1816年デラウェア州/メリーランド州(221。投票しなかった4人を含む)と同じ「NARAの総数に含まれる」パターンに該当する。ただし1808・1816年の非投票は理由不明・単なる欠席だったのに対し、この選挙人は選挙人団の開催前に死去しており(Wikipedia脚注「three electors (from Mississippi, Pennsylvania and Tennessee) pledged to the Monroe/Tompkins ticket died before the Electoral College convened and were not replaced」)、モンロー・トンプキンスティケットに誓約していた選挙人だったことが分かっている点で1808・1816年の「理由不明」の非投票とは性質が異なる(候補者名を「投票しなかった選挙人」ではなく「死去した選挙人」とし、この区別を明示した)。したがって本シリーズはelectoral_total=235とし、この選挙人1人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上することで、州別・候補者別いずれの合計もNARA自身の過半数118と整合させている(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。同じ理由で死去した他の2州(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州のうちミシシッピ州を除く2州)の選挙人分は、州が異なるためそれぞれ別の合成候補として計上した(1つの合成候補にまとめなかった理由もrounds.tsvのnoteを参照)。
無所属1対象外
死去した選挙人(ペンシルベニア州選出)
(elector from Pennsylvania who died before the electoral meeting)NARAは1820年の選挙人任命総数を235とし、その内訳(Total/Majority)を「235*/118」と表記した上で、脚注に「*235 electors were appointed, but only 232 votes were cast due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee.」と明記している(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計は232にとどまった)。ペンシルベニア州の割当は選挙人25人だが、NARA州別表の「For President」欄(モンロー)は24、州別表全体の「Electoral Vote of Each State」欄は25のままであり、州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法と同型である。過半数118はfloor(235/2)+1で算出されており(232を基準にすると117)、NARA自身がこの過半数の分母に235(死去した3人を含む数)を使っていることが明らか。この事実関係は、1812年オハイオ州(選挙人1人が投票せず、NARAの州別表自体が総数欄を最初から7とし、総数217にこの1人を含まない=「含まない」パターン)とは逆で、1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1816年デラウェア州/メリーランド州(221。投票しなかった4人を含む)と同じ「NARAの総数に含まれる」パターンに該当する。ただし1808・1816年の非投票は理由不明・単なる欠席だったのに対し、この選挙人は選挙人団の開催前に死去しており(Wikipedia脚注「three electors (from Mississippi, Pennsylvania and Tennessee) pledged to the Monroe/Tompkins ticket died before the Electoral College convened and were not replaced」)、モンロー・トンプキンスティケットに誓約していた選挙人だったことが分かっている点で1808・1816年の「理由不明」の非投票とは性質が異なる(候補者名を「投票しなかった選挙人」ではなく「死去した選挙人」とし、この区別を明示した)。したがって本シリーズはelectoral_total=235とし、この選挙人1人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上することで、州別・候補者別いずれの合計もNARA自身の過半数118と整合させている(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。同じ理由で死去した他の2州(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州のうちペンシルベニア州を除く2州)の選挙人分は、州が異なるためそれぞれ別の合成候補として計上した(1つの合成候補にまとめなかった理由もrounds.tsvのnoteを参照)。
無所属1対象外
死去した選挙人(テネシー州選出)
(elector from Tennessee who died before the electoral meeting)NARAは1820年の選挙人任命総数を235とし、その内訳(Total/Majority)を「235*/118」と表記した上で、脚注に「*235 electors were appointed, but only 232 votes were cast due to the deaths of one elector each from Mississippi, Pennsylvania, and Tennessee.」と明記している(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州の選挙人が各1人、選挙人団の開催前に死去したため、投じられた票の合計は232にとどまった)。テネシー州の割当は選挙人8人だが、NARA州別表の「For President」欄(モンロー)は7、州別表全体の「Electoral Vote of Each State」欄は8のままであり、州の割当総数と実投票数を別欄に分けて示す1808年ケンタッキー州の表記方法と同型である。過半数118はfloor(235/2)+1で算出されており(232を基準にすると117)、NARA自身がこの過半数の分母に235(死去した3人を含む数)を使っていることが明らか。この事実関係は、1812年オハイオ州(選挙人1人が投票せず、NARAの州別表自体が総数欄を最初から7とし、総数217にこの1人を含まない=「含まない」パターン)とは逆で、1808年ケンタッキー州(176。投票しなかった1人を含む)・1816年デラウェア州/メリーランド州(221。投票しなかった4人を含む)と同じ「NARAの総数に含まれる」パターンに該当する。ただし1808・1816年の非投票は理由不明・単なる欠席だったのに対し、この選挙人は選挙人団の開催前に死去しており(Wikipedia脚注「three electors (from Mississippi, Pennsylvania and Tennessee) pledged to the Monroe/Tompkins ticket died before the Electoral College convened and were not replaced」)、モンロー・トンプキンスティケットに誓約していた選挙人だったことが分かっている点で1808・1816年の「理由不明」の非投票とは性質が異なる(候補者名を「投票しなかった選挙人」ではなく「死去した選挙人」とし、この区別を明示した)。したがって本シリーズはelectoral_total=235とし、この選挙人1人分を候補者ではない合成行(result=対象外)として計上することで、州別・候補者別いずれの合計もNARA自身の過半数118と整合させている(判断根拠の詳細はrounds.tsvのnoteを参照)。同じ理由で死去した他の2州(ミシシッピ州・ペンシルベニア州・テネシー州のうちテネシー州を除く2州)の選挙人分は、州が異なるためそれぞれ別の合成候補として計上した(1つの合成候補にまとめなかった理由もrounds.tsvのnoteを参照)。
無所属1対象外

この回は州議会が選挙人を選んだ州と一般投票で選んだ州が混在しており、全国の得票集計が成り立ちません。選挙人票と州ごとの結果は収録しています。

州ごとの一覧

候補者政党得票数選挙人票
アラバマ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党3
コネチカット州ジェームズ・モンロー民主共和党9
デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党4
ジョージア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党8
イリノイ州ジェームズ・モンロー民主共和党3
インディアナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党3
ケンタッキー州ジェームズ・モンロー民主共和党12
ルイジアナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党3
メイン州ジェームズ・モンロー民主共和党9
メリーランド州ジェームズ・モンロー民主共和党11
マサチューセッツ州ジェームズ・モンロー民主共和党15
ミシシッピ州ジェームズ・モンロー民主共和党2
ミシシッピ州死去した選挙人(ミシシッピ州選出)無所属1
ミズーリ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党3
ニューハンプシャー州ジェームズ・モンロー民主共和党7
ニューハンプシャー州ジョン・クインシー・アダムズ無所属1
ニュージャージー州ジェームズ・モンロー民主共和党8
ニューヨーク州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党29
ノースカロライナ州ジェームズ・モンロー民主共和党15
オハイオ州ジェームズ・モンロー民主共和党8
ペンシルベニア州ジェームズ・モンロー民主共和党24
ペンシルベニア州死去した選挙人(ペンシルベニア州選出)無所属1
ロードアイランド州ジェームズ・モンロー民主共和党4
サウスカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党11
テネシー州ジェームズ・モンロー民主共和党7
テネシー州死去した選挙人(テネシー州選出)無所属1
バーモント州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。ジェームズ・モンロー民主共和党8
バージニア州ジェームズ・モンロー民主共和党25

出典