1800年アメリカ大統領選挙
1800年に投票が行われた大統領選挙(投票期間は州により異なり、法定の34日間の窓は1800年10月30日から12月2日)。選挙人団では、民主共和党のトーマス・ジェファーソンとアーロン・バーがともに選挙人票73票を獲得して同数で並び、いずれも過半数(70)に達していた。連邦党の現職大統領ジョン・アダムズは65票、同じく連邦党のチャールズ・コーツワース・ピンクニーは64票、ジョン・ジェイは1票(ロードアイランド州のみ)だった。当時の制度(合衆国憲法修正第12条より前は、選挙人が2票を投じ最多得票者が大統領、次点が副大統領)のもとで2名以上が同数で1位に並んだため、合衆国憲法第2条第1節の原文の規定により、下院が各州1票の投票でその同数の候補どうし(ジェファーソンとバー)からのみ大統領を選出することになった(1824年のように誰も過半数に届かない場合に選挙人票上位3名から選ぶ憲法修正第12条の規定とは異なる、原文の規定)。下院での決選投票は1801年2月11日から17日にかけて行われ、最初の35回の投票ではいずれもジェファーソン8州・バー6州・不統一2州のまま過半数(9州)に届かなかったが、2月17日の36回目の投票でデラウェア州選出のジェームズ・A・ベイアード下院議員らが投票行動を変え、メリーランド州・バーモント州の代表団もジェファーソンに転じたことで、ジェファーソンが10州、バーが4州、不統一2州となり、ジェファーソンが第3代大統領に選出された。この結果、選挙人票でジェファーソンと同数だったバーが副大統領に就任した(政敵に近い関係にあった2人が正副大統領になった)。この事態と、同一政党の大統領候補・副大統領候補が同数になり下院での決選投票を要した経緯は、後の合衆国憲法修正第12条(1804年成立、大統領票と副大統領票を分離する制度への変更)の直接の契機になった。この回の選挙人総数は138、過半数は70。16州が選挙人を出し、コネチカット・デラウェア・ジョージア・マサチューセッツ・ニューハンプシャー・ニュージャージー・ニューヨーク・ペンシルベニア・サウスカロライナ・テネシー・バーモントの11州は州議会(またはそれに準ずる間接選出の仕組み)が選挙人を選び、一般投票は行われなかった。ケンタッキー・メリーランド・ノースカロライナ・ロードアイランド・バージニアの5州は住民投票で選挙人を選んだ。この時期は候補者別の全国得票という概念自体が実務上成立せず、NARA・米国勢調査局のいずれにもこの回の一般得票は記録されていない。
州別の選挙人票の内訳(16州・候補者5名・合計276票=選挙人138人×2票)は、NARA(米国国立公文書館)の回次ページ(https://www.archives.gov/electoral-college/1800)に掲載の州別表と、米国勢調査局『Historical Statistics of the United States, Colonial Times to 1970』Part 2 Series Y79-83「Electoral and Popular Vote Cast for President, by Political Party: 1789 to 1968」(誌面1074ページ・https://www2.census.gov/library/publications/1975/compendia/hist_stats_colonial-1970/hist_stats_colonial-1970p2-chY.pdf)の2出典で、候補者ごとの合計(ジェファーソン73・バー73・アダムズ65・ピンクニー64・ジェイ1)が完全に一致することを確認した。重要な発見: NARAの州別表はバージニア州の行についてバー(Aaron Burr, of New York)の欄を「-」(0票)と記載しているが、これはNARAの回次ページ自身が同じ表内に掲げるTotals行(138/73/73/65/64/1)と矛盾する(バージニア以外の15州のバー票を合計すると52であり、Totals行の73との差21票が、まさにバージニアの選挙人数21と一致する)。Wikipedia英語版「1800 United States presidential election」の州別表(Electoral vote by state)は、バージニアのバー票を21と明記しており、NARAのTotals行の値と整合する。バージニアは1800年からゼネラルチケット制(州全体の住民投票による選挙人の総取り)を初めて採用しており、民主共和党が組織した21人の選挙人全員がジェファーソン・バーの両方に投票したことは、他の州(ジョージア・ケンタッキー・ニューヨーク・ノースカロライナ・ペンシルベニア・サウスカロライナ・テネシーの各州でジェファーソンとバーの得票が完全に一致している)とも整合する自然な結果である。以上より、NARAの州別表のバージニア行のバー欄「-」は単純な脱字(誤記)と判断し、本ページはNARAのTotals行とWikipedia州別表の双方が支持する21を採用した(この種の一次資料内の自己矛盾を見つけて是正する方針は、本シリーズが1792年是正・1796年是正で踏襲してきたものと同じである)。/政党について、NARA回次ページ本文は「President: Thomas Jefferson [Democratic-Republican]」「Vice President: Aaron Burr [Democratic-Republican]」の2名にだけ政党を明記し、残り3名(アダムズ・ピンクニー・ジェイ)には政党の記載が無い。米国勢調査局Series Yの同じ1800年の行は5名全員に政党を明記しており(Jefferson=Democratic-Republican、Burr=Democratic-Republican、Adams=Federalist、C.C.Pinckney=Federalist、Jay=Federalist)、本ページはNARAに記載の無い3名について米国勢調査局の明記をそのまま採用した(1796年の前例と同じ方針)。/州ごとの選挙人選出方式は、The Green Papers「By whom U.S. PRESIDENTIAL ELECTORS were appointed」(https://www.thegreenpapers.com/Hx/ByWhomElectorsWereAppointed.phtml)の州別年表と、Wikipedia英語版「1800 United States presidential election」の「Electoral College selection」節(原文: 「The Constitution, in Article II, Section 1, provided that the state legislatures should decide the manner in which their electors were chosen. Different state legislatures chose different methods」)の分類表の両方で確認し、完全に一致した。ケンタッキー・メリーランド・ノースカロライナ・ロードアイランド・バージニアの5州は住民投票(ケンタッキー・メリーランド・ノースカロライナは選挙区制、ロードアイランド・バージニアは州全体の一般投票)で選挙人を選び、残るコネチカット・デラウェア・ジョージア・マサチューセッツ・ニューハンプシャー・ニュージャージー・ニューヨーク・ペンシルベニア・サウスカロライナ・バーモントの10州は州議会が選挙人を選んだ(一般投票なし)。テネシーは、各郡ごとに州議会が任命した「郡選挙人」が3つの選挙区ごとに集まって大統領選挙人を選ぶという、1796年と同じ二段階の間接選出方式であり(The Green Papers脚注「1796 & 1800」、Wikipedia「same as in 1796」)、住民個人の投票を経ないため、1789年報告以来の基準(個々の選挙人を住民の投票が直接決めたか)により議会選出側に分類した(legislature 11州・住民投票5州)。前回1796年からの変化点は、(1) ジョージアが住民投票から州議会選出に戻ったこと、(2) マサチューセッツ・ニューハンプシャーが住民投票と議会選任が混在する方式から純粋な議会選出に変わったこと、(3) ロードアイランドが州議会選出から住民投票(州全体)に変わったこと、(4) ペンシルベニアが住民投票から州議会選出に変わったこと(下院が民主共和党・上院が連邦党という分裂議会の妥協により8対7に配分)、(5) バージニアが選挙区制から州全体のゼネラルチケット制に変わったこと、の5点である。/下院での決選投票(1801年2月11日〜17日)の詳細は、NARA回次ページの要約(「decided in the House of Representatives, with 10 State delegations voting for Jefferson, 4 voting for Burr and 2 making no choice」)と、Wikipedia英語版「1800 United States presidential election」の「1801 contingent election」節(州ごとの投票記録の集計表を含む)を突き合わせて確認した。両出典は最終結果(ジェファーソン10州・バー4州・不統一2州)で完全に一致する。最初の35回の投票(2月11日〜17日)はいずれもジェファーソン8州(ジョージア・ケンタッキー・ニュージャージー・ニューヨーク・ノースカロライナ・ペンシルベニア・テネシー・バージニア)、バー6州(コネチカット・デラウェア・マサチューセッツ・ニューハンプシャー・ロードアイランド・サウスカロライナ)、不統一2州(メリーランド・バーモント、各州内の連邦党・民主共和党の代表が同数で割れて票を一本化できなかった)のまま膠着し、過半数の9州に届かなかった。2月17日の36回目の投票で、連邦党のジェームズ・A・ベイアード下院議員(デラウェア州選出)が自州の投票を白票に転じ、メリーランド州・バーモント州の代表団もこれに追随してジェファーソンへ転じた結果、ジェファーソンが10州、バーが4州、不統一2州(デラウェア・サウスカロライナ)となり、ジェファーソンが第3代大統領に選出された。この選出過程および正副大統領候補が同数になり得るという制度上の欠陥は、合衆国憲法修正第12条(1804年批准、大統領票と副大統領票を分離)制定の直接の契機になった。/vote_date_from=1800-10-30・vote_date=1800-12-02は、1792年連邦選挙法(act_1792)が定める「選挙人が投票する日=12月の第1水曜日」(1800年は12月3日)の34日前から1日前までという規定を、world_content.pyのlaw_basis=act_1792の検証式と同一の計算式で機械的に算出した値。
選挙人票の結果
州ごとの結果
候補者別の結果
| 候補者 | 政党 | 選挙人票 | 当落 |
|---|---|---|---|
| トーマス・ジェファーソン Thomas Jefferson選挙人票73票(過半数70票以上、アーロン・バーと同数)を得た。州別内訳はジョージア4・ケンタッキー4・メリーランド5・ニューヨーク12・ノースカロライナ8・ペンシルベニア8・サウスカロライナ8・テネシー3・バージニア21(合計73)。バーと同数で並んだため、合衆国憲法第2条第1節原文(修正第12条制定前)の規定により下院がその同数の2名(ジェファーソンとバー)からのみ大統領を選ぶ決選投票を行った。下院は1801年2月11日から17日にかけて州ごと1票で投票し、最初の35回はジェファーソン8州・バー6州・不統一2州のまま過半数(9州)に届かなかったが、2月17日の36回目の投票でメリーランド・バーモントの代表団がジェファーソンに転じ、ジェファーソンが10州(ジョージア・ケンタッキー・ニュージャージー・ニューヨーク・ノースカロライナ・ペンシルベニア・テネシー・バージニア・メリーランド・バーモント)を得て第3代大統領に選出された(バー支持は4州=コネチカット・マサチューセッツ・ニューハンプシャー・ロードアイランド、不統一2州=デラウェア・サウスカロライナ)。政党は、NARA回次ページ本文が「President: Thomas Jefferson [Democratic-Republican]」と明記するのに合わせて「民主共和党」とした(米国勢調査局Series Yも同じくDemocratic-Republicanと明記)。 | 民主共和党 | 73 | 当選 |
| アーロン・バー Aaron Burr選挙人票73票(過半数70票以上、トーマス・ジェファーソンと同数)を得た。州別内訳はジェファーソンと全く同じ(ジョージア4・ケンタッキー4・メリーランド5・ニューヨーク12・ノースカロライナ8・ペンシルベニア8・サウスカロライナ8・テネシー3・バージニア21=合計73)。バージニアの21票はNARA回次ページの州別表では「-」と記載されているが、同じNARAページのTotals行(バー計73)およびWikipedia英語版の州別表と整合させると21が正しい値であり、本ページはこの是正した値を採用している(詳細はrounds.tsvのnoteおよびstates.tsvのバージニア州の行のnote参照)。ジェファーソンと選挙人票で同数となったため、合衆国憲法第2条第1節原文の規定により下院の決選投票の対象になったが、1801年2月17日の36回目の投票でバーは4州(コネチカット・マサチューセッツ・ニューハンプシャー・ロードアイランド)にとどまり、ジェファーソンの10州に敗れた。当時の制度(修正第12条制定前は、選挙人票の最多得票者が大統領、次点が副大統領)のもとでは、下院の決選投票で敗れたバーも選挙人票では次点(ジェファーソンと同数)であるため、そのまま副大統領に就任した。政党は、NARA回次ページが「Vice President: Aaron Burr [Democratic-Republican]」と明記するのに合わせて「民主共和党」とした(米国勢調査局Series Yも同じくDemocratic-Republicanと明記)。 | 民主共和党 | 73 | 副大統領 |
| ジョン・アダムズ John Adams選挙人票65票を得た。州別内訳はコネチカット9・デラウェア3・メリーランド5・マサチューセッツ16・ニューハンプシャー6・ニュージャージー7・ノースカロライナ4・ペンシルベニア7・ロードアイランド4・バーモント4(合計65)。現職大統領として再選を目指したが、同じ連邦党のランニングメイトC.C.ピンクニーをわずか1票上回るにとどまり、民主共和党のジェファーソン・バー(ともに73票)に及ばず落選した。政党は、NARA回次ページ本文が「Opponents: ... John Adams (65)」と記すのみで政党を明記していないため、米国勢調査局Series Y79-83の「Federalist」の明記を採用した(NARAの冒頭要約欄は当選者以外の政党を記載しない方針であり、1796年の前例と同じ扱い)。 | 連邦党 | 65 | 落選 |
| チャールズ・コーツワース・ピンクニー Charles Cotesworth Pinckney選挙人票64票を得た。州別内訳はコネチカット9・デラウェア3・メリーランド5・マサチューセッツ16・ニューハンプシャー6・ニュージャージー7・ノースカロライナ4・ペンシルベニア7・ロードアイランド3(合計64)。連邦党の副大統領候補格として擁立されたが、一部の連邦党選挙人(ロードアイランド州の1人)がジョン・ジェイに票を投じたためアダムズを1票下回った。政党は米国勢調査局Series Y79-83の「Federalist」の明記を採用した(NARA回次ページ本文には政党の記載が無い)。 | 連邦党 | 64 | 落選 |
| ジョン・ジェイ John Jay選挙人票1票(ロードアイランド州のみ)を得た。ジェイは当時ニューヨーク州知事であり、1800年選挙の実質的な候補者ではなかったが、ロードアイランド州の連邦党選挙人1人が票を投じた。政党は米国勢調査局Series Y79-83の「Federalist」の明記を採用した(NARA回次ページ本文には政党の記載が無い。1796年選挙でジェイに投じられた5票は「独立系連邦党」と分類されていたが、1800年の米国勢調査局の表では単に「Federalist」と記されており、本ページはこの回の出典表記に従って「連邦党」とした)。 | 連邦党 | 1 | 落選 |
この回は州議会が選挙人を選んだ州と一般投票で選んだ州が混在しており、全国の得票集計が成り立ちません。選挙人票と州ごとの結果は収録しています。
州ごとの一覧
| 州 | 候補者 | 政党 | 得票数 | 選挙人票 |
|---|---|---|---|---|
| コネチカット州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 9 |
| コネチカット州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 9 |
| デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 3 |
| デラウェア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 3 |
| ジョージア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 4 |
| ジョージア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 4 |
| ケンタッキー州 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 4 |
| ケンタッキー州 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 4 |
| メリーランド州 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 5 |
| メリーランド州 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 5 |
| メリーランド州 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 5 |
| メリーランド州 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 5 |
| マサチューセッツ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 16 |
| マサチューセッツ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 16 |
| ニューハンプシャー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 6 |
| ニューハンプシャー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 6 |
| ニュージャージー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 7 |
| ニュージャージー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 7 |
| ニューヨーク州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 12 |
| ニューヨーク州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 12 |
| ノースカロライナ州 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 8 |
| ノースカロライナ州 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 8 |
| ノースカロライナ州 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 4 |
| ノースカロライナ州 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 4 |
| ペンシルベニア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 8 |
| ペンシルベニア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 8 |
| ペンシルベニア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 7 |
| ペンシルベニア州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 7 |
| ロードアイランド州 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 4 |
| ロードアイランド州 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 3 |
| ロードアイランド州 | ジョン・ジェイ | 連邦党 | — | 1 |
| サウスカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 8 |
| サウスカロライナ州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 8 |
| テネシー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 3 |
| テネシー州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 3 |
| バーモント州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | ジョン・アダムズ | 連邦党 | — | 4 |
| バーモント州州議会など、州全体で統一的な一般投票を行わない手続きで選挙人が選ばれました。 | チャールズ・コーツワース・ピンクニー | 連邦党 | — | 4 |
| バージニア州 | トーマス・ジェファーソン | 民主共和党 | — | 21 |
| バージニア州 | アーロン・バー | 民主共和党 | — | 21 |